東京高等裁判所 昭和52年(う)147号 判決 1978年4月06日
被告人 川島豪 外三名
主文
被告人川島豪に対する原判決及び被告人石井勝、同佐藤保、同中村寛三に対する原判決をいずれも破棄する。
被告人川島豪を懲役六年に、被告人石井勝を懲役七年に、被告人佐藤保を懲役四年に、被告人中村寛三を懲役四年六月に処する。
原審における未決勾留日数のうち、被告人川島豪に対しては一六七〇日を、被告人石井勝に対しては一三四〇日を、被告人佐藤保に対しては一三八〇日を、被告人中村寛三に対しては一〇七〇日を、それぞれ右各刑に算入する。
被告人川島豪、同石井勝、同佐藤保から、押収してあるラジオペンチ一丁(当庁昭和五一年押第五八二号の一二)、カツター一個(同号の二四)を、被告人四名から、押収してあるポリ製オイル携行缶一個(同号の四九、当庁同年押第五八三号の一)、ワイヤーカツター一本(前記押第五八二号の五一、前記押第五八三号の三)を、被告人石井勝、同中村寛三から、押収してある乾電池二個(当庁同年押第五八四号の四)、コード一本(同号の五)、コンセント(プラグ)付コード一個(同号の六)、タイムスイツチ一個(同号の七)をそれぞれ没収する。押収してある電気雷管六本(前記押第五八二号の二、六(二本)、八、一八(二本))を被害者河合石灰工業株式会社に還付する。
原審における訴訟費用のうち、証人加藤彰(昭和四七年七月二七日出頭分)、同藤巻明(同日出頭分)、同小松教夫、同五味衛長(昭和四九年六月三日出頭分)及び同中村弘道に支給した分は、被告人四名の連帯負担とし、鑑定人坂田絢子に支給した分は、被告人川島豪、同石井勝、同佐藤保の連帯負担とし、証人加藤主雄、同挽野フサ、同藤巻明(昭和四五年六月二三日出頭分)、同加藤学、同金子利正、同菊池一雄、同秦千尋、同関屋高夫支給にした分は、被告人石井勝、同佐藤保の連帯負担とし、証人田代隆、同藤巻明(昭和四七年六月二七日出頭分)、同石井春光に支給した分は、被告人石井勝、同中村寛三の連帯負担とし、証人伊藤徹、同丸山任彦に支給した分は、被告人石井勝の負担とし、証人有泉健一、同佐藤保、同五味衛長(昭和四六年三月二四日出頭分)に支給した分は、被告人中村寛三の負担とし、国選弁護人宮崎捷寿に支給した分は、被告人川島豪の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人川島豪の弁護人有賀信男、同丸山輝久、同藍谷邦雄連名の控訴趣意書(以下、甲控訴趣意書という)及び被告人石井勝、同佐藤保、同中村寛三の弁護人右三名連名の控訴趣意書(以下、乙控訴趣意書という)並びに控訴人石井勝本人の控訴趣意書記載のとおりであり、これらに対する答弁は、検察官岸野祥一の答弁書(二通)記載のとおりであるから、これらを引用する。
一 甲控訴趣意書第二及び乙控訴趣意書第一について
所論は、原判決が罪となるべき事実の冒頭において認定した本件犯行の動機、目的は、被告人らの政治思想をもつて直ちに判示各所為の動機、目的と短絡した点において事実の誤認がある、というのである。
しかしながら、関係証拠によれば、被告人川島が日本共産党革命左派神奈川県委員会に、被告人石井、同佐藤が京浜労働者反戦団に、被告人中村が反戦学生戦斗団にそれぞれ所属し、日本共産党革命左派神奈川県委員会が、京浜労働者反戦団、反戦学生戦斗団、婦人解放同盟、反戦平和婦人の会で構成されていた京浜安保共斗会議を指導する立場にあつたこと(原審における各被告人の供述、被告人佐藤の検察官に対する昭和四五年一月二〇日付供述調書、三上映徹の検察官に対する供述調書謄本、原審証人田代隆の供述)、京浜安保共斗会議の中には武器を使用して米軍基地、権力中枢機関等を攻撃破壊する暴力的活動を目的とした反米愛国行動隊が組織され、被告人石井、同佐藤、同中村がその隊員であつたこと(原審における被告人川島、証人田代隆の各供述、押収にかかるビラ八枚及び機関紙突撃隊)が認められ、これに加えて被告人らの思想的背景(原審における各被告人の供述)、当時の緊迫した社会情勢(一九七〇年安保体制の打破、沖縄返還、佐藤前首相の訪米阻止等を目指した各種斗争が活溌化していた情勢)及び被告人らの原判示一連の犯行を総合すれば、当時被告人らは、窮極的には共産主義社会の樹立を目的とし、それに到達する手段としてアメリカ帝国主義とそれに加担するわが国独占資本及び権力支配機構を打破しようと考え、当面の活動方針として反米愛国の旗印の下に、米軍基地などを攻撃目標とし、政治ゲリラと称して、単なる宣伝活動の域を越えて、暴力斗争をも企図していたことは明らかであり、原判決は、被告人らの抽象的な政治思想を本件犯行の動機、目的と短絡させて認定したものではなく、被告人らが各犯行に及んだ動機、目的に即した被告人らの思想と犯行の企図を、要約して認定判示したものと解するのが相当である。
したがつて原判決には所論にいう誤りはなく、論旨はいずれも採用することができない。
二 甲控訴趣意書第三及び乙控訴趣意書第二について
所論は、刑事特別法は違憲の法律であつて無効であるから、これを看過して同法を適用した原判決には法令適用の誤りがある、というのである。
しかしながら、
(1) 刑事特別法は、当初、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(以下、単に行政協定という)に基き制定されたものであるが、米軍の配備を規律する条件を規定した右行政協定は、既に国会の承認を経た旧安保条約三条の委任の範囲内のものであると認められ、これにつき特に国会の承認を経なかつたからといつて、違憲無効であるとは認められない(最高裁判所昭和三四年一二月一六日大法廷判決、刑集一三巻一三号三二二五頁参照)から、右協定の実施に伴う刑事特別法も、制定の当初において無効であるとはいえない。
(2) また現行の安保条約の発効と同時に旧安保条約は失効し、旧安保条約に基く行政協定も、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及びに区域並び日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下、単に地位協定という)の発効と同時に失効したのであるが、旧安保条約に基く行政協定の実施に伴う刑事特別法は独立した国内法であるから、行政協定が失効したからといって、刑事特別法が当然に失効するいわれはなく、同法は、現行の安保条約及び地位協定の発効の際に、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等の締結に伴う関係法令の整理に関する法律一三条によつて、同法の題名、定義及び用語の一部が適法に改正され、現行の刑事特別法となつたものであるから、同法が現在もなお有効に存続するものであることは疑いを容れないところである。
(3) さらに、現行の安保条約は、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものであるから、これが違憲であるか否かの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従つてそれが憲法に違反することが明白でない限りは、みだりにこれを違憲無効のものと断定すべきものではないと解されるところ、現行の安保条約が憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に反して違憲であることが明白であるとは認められない(最高裁判所昭和四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号六八五頁参照)から、現行安保条約の違憲無効を前提として、右条約に基く地位協定及び刑事特別法が違憲無効であるということもできない。
(4) また、現行司法制度の下においては、裁判所は具体的な法律上の争訟について審判するために必要な範囲において、その事件に適用すべき法令の合憲性を判断しうるに過ぎないのであつて、かかる具体的事件を離れて、抽象的に法律、命令などの合憲性を判断する権限を有するものではないから、本件においては刑事特別法二条が合憲であるか否かを判断すれば足り、その範囲を逸脱して、被告人らの行為とはなんらの関連もない同法全体、ことに所論指摘の同法五条、六条、一五条、一九条などの合憲性の有無を判断すべき筋合いのものでないことは、いうまでもない。
そこで、本件において適用されるべき刑事特別法二条について検討するに、現行の安保条約及び地位協定が違憲無効と認められないことは、前述したとおりであり、また憲法九八条二項は、わが国が締結した条約と確立された国際法規は、これを誠実に遵守すべきことを定めているのであるから、右安保条約及び地位協定に基づいて合衆国軍隊のわが国における駐留を認める以上、軍隊としての機能を全うさせる必要性と国際慣行ないし国際礼譲の見地から、合衆国軍隊の施設又は区域内の平穏を保護するため、刑事特別法二条の如き立法措置を講ずることは十分合理的な根拠があると認められるのであって、そのため合衆国軍隊に対し、一般国民の同種法益よりも厚い保護を与えたとしても、それは立法政策上の問題であり、同条所定の構成要件及び刑罰に徴しても、同条は未だ憲法一四条、三一条に違反しないものと解するのが相当である。
したがつて、原判決が刑事特別法二条を適用したのは相当であり、論旨はいずれも理由がない。
三 甲控訴趣意書第四及び乙控訴趣意書第三について
所論は、爆発物取締罰則は憲法九八条一項、三一条、七三条六号、一九条、三六条に違反して無効であるにもかかわらず、原判決が同罰則を適用したのは、法令の解釈適用の誤つたものである、というのである。
しかし、この点について原判決が説示するところは相当であり、当裁判所の見解もこれと同一である。
すなわち、爆発物取締罰則は旧憲法上の法律と同一の効力を認められ、現行憲法施行後もなお法律としての効力を保有するものであることは、最高裁判所昭和三四年七月三日判決(刑集一三巻七号一〇七五頁)に判示するとおりであり、また同罰則一条所定の構成要件が不明確で罪刑法定主義に反するということはなく、人の思想、信条を処罰の対象とするものでないことも、最高裁判所昭和四七年三月九日判決(刑集二六巻二号一五一頁)に判示するところである。
さらに、同罰則の定める刑が残虐な刑罰といえないことはもちろん、爆発物の有する強大な破壊力にかんがみれば、同罰則の対象とする行為は、公共の安全と秩序を害し、人の生命、身体、財産に危害を及ぼす可能性が極めて広く、かつ大きいものであり、したがつて、同罰則がかかる行為について各条項所定の如き刑を定めることは、立法政策の問題であつて、憲法適否の問題ではない(最高裁判所昭和二三年一二月一五日大法廷判決・刑集二巻一三号一七八三頁参照)というべきである。
要するに、同罰則は、所論指摘の憲法の各条項にはなんら違反しないから、原判決が同罰則を適用したことは相当であり、論旨はいずれも採用することができない。
四 甲控訴趣意書第五及び乙控訴趣意書第四について
所論は、原判示厚木基地事件において、被告人らが所期の方法によりダイナマイト、電気雷管等を電池に接続させたとしても、電流値が低く、爆発の可能性はなかつたものであり、またダイナマイトに接続したコードの長さは、僅か一七・五メートルにすぎず、これを爆発させた場合には、自己の生命の安全を期し難い危険性があることからすれば、被告人らにはダイナマイトを爆発させる意図のなかつたことが明らかであるから、本件は爆発物を使用しようとした場合には該らず、したがつて加害の目的もなかつたものである。
また、原判示米国領事館事件においても、使用された時限爆発装置付ダイナマイトの完爆率は低く、しかもこれを守衛に発見されやすい通用門扉内に設置したことからみても、被告人らにはダイナマイトを爆発させる意思はなかつたものと認められるから、爆発物を使用した場合に該当せず、加害の目的も認めることができない。
したがつて、右両事件について、原判決には事実誤認ないし法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
よつて記録を精査し、証拠物を検討して按ずるに、
(1) 厚木基地事件においては、原判決の説示するとおり、被告人石井、同佐藤は、ダイナマイトに脚線付電気雷管を装着し、これをコードに接続して、その先端を乾電池の極に触れさせる方法でダイナマイトを爆発させるため、ダイナマイト六本、脚線付電気雷管七本及び予め直列に接続した八個の九ボルト積層乾電池を携行して、右基地内に侵入し、現場において、ダイナマイト六本にそれぞれ右電気雷管を装着し、そのうち二本の電気雷管の脚線をコードに並列に接続し、なおも作業を続けていた際、巡視中の警備員に発見されたこと、右ダイナマイト及び電気雷管はいずれも爆発の機能を有し、右乾電池についても、ダイナマイトを直列に接続するときは、少なくとも一本を爆発させるに足る電流値を保有するものであつて、爆発物として爆発すべき基本的構造、性能を備えるものであるところ、本件においては、右乾電池八個を直列につなぎ、ダイナマイトを並列に接続しようとしていたのであるから、かかる方法によるときは電流値が低くなるため、被告人らが予定どおりの行動を完結したとしても、爆発の可能性はなかつたというにすぎないことが認められる。そして右被告人両名は、本件の数日前にテレビ修理業を営む田中照秋に対し、電池の電圧を上げる方法などを質問したうえ、同人から同店に商品として置いてあつた前記乾電池八個を貰い受け、本件で始めてこれを使用しようとしたことなどに徴すれば、右被告人らは、右乾電池の中に電流値の低いものが混入していたことを知らず、これを直列に接続すれば、確実にダイナマイトを爆発させうるものと信じていたことが窺われるのである。
ところで、爆発物取締罰則にいう爆発物の使用とは、爆発の可能性を有する物件を爆発すべき状態におくことをいうと解すべきであるが、そのことは、単に物理的な爆発可能性の観点からのみ判断すべきではなく、当該爆発物の構造上、性質上の危険性と、これを仕掛ける行為の危険性の両面から、法的な意味において、右構成要件を実現する危険性があつたと評価できるかどうかを判断しなければならないのである(最高裁判所昭和五一年三月一六日判決・刑集三〇巻二号一四六頁参照)。
これを本件についてみると、右被告人らが予定どおりダイナマイトの結線を完了しても、前述のようにこれが爆発する可能性はなかつたもの、これは基本的構造上のものではなく、単に爆発物の本体に付属する装置の欠陥ないし結線の不手際にとどまるものであるから、法的評価の面からみれば、原判示の方法により爆発物を仕掛ける行為は、爆発可能な高度の危険性を有するものと認められ、したがつて爆発物を爆発すべき状態において使用しようとしたものと解するのが相当である。
所論は、ダイナマイトに接続されたコードの長さの短いことからみて、被告人らにはダイナマイトを爆発させる意図はなかつたというが、被告人佐藤は本件犯行の前日にコード約六〇メートルを購入し、これを携行して基地内に入り、現場において作業の便宜上、右コードを長さ一七・五メートルのところで切断し、これに電気雷管の脚線を接続したが、手許にはなお長さ四三・八メートルのコードが残つていたのであるから、作業が予定どおりに進捗してダイナマイトを爆発させる際には、当然、手許に残つたコードを全部接続させ、現場から約六〇メートル離れた安全な場所に退避したうえ、爆破する考えであつたものと推認することができる。
したがつて、右切断したコードの長さが短かかつたことは、被告人らの爆発の意図ないし加害目的を認定するうえで、なんらの妨げとなるものではないといわなければならない。
(2) また、米国領事館事件については、時限爆発装置付ダイナマイトを使用しており、右装置により、時限的にダイナマイトを爆発させることが可能であることは証拠上明らかであり、右爆発物を爆発すべき状態においた以上、これが現実に爆発しなかつたとしても、爆発物の使用罪に該当することはいうまでもなく、また爆発の可能性がある以上、完爆率の高低は、同罪の成否になんらの影響を及ぼすものではない。
さらに、被告人石井、同中村は、犯行当日の午後一一時ごろ、警備員や警察官が警備していた米国領事館の正門付近を避けて、警備の比較的手薄な西側通用門を選び、一二時に作動するようにセツトした時限爆発装置付ダイナマイトを、同所の門扉内に密かに設置したが、たまたま警備員に発見されて爆発するに至らなかつたことが明らかであるから、以上の事実に徴すれば、被告人らに右ダイナマイトを爆発させる意図がなく、したがつて加害の目的がなかつたとは、到底認めることができない。
よつて、厚木基地事件及び米国領事館事件について、原判決には所論にいう誤りはなく、論旨はいずれも理由がない。
五 甲控訴趣意書第六及び乙控訴趣意書第五について
(1) 所論は、原判示窃盗事件につき、被告人川島、同石井、同佐藤が、原判示場所付近において、アンコという赤土の塊りを運び出した事実はあるが、杉ダイナマイト及び電気雷管を窃取した事実はないから、原判決には事実の誤認がある、というのである。
しかしながら、被告人川島、同佐藤の捜査段階及び原審における各供述は、本件犯行に至る経過、犯行の状況、犯行後の行動等について、具体的かつ詳細に、理路整然と供述しており、両者の供述内容は符合し、自ら経験した者でなければ到底供述しえない事柄にわたり、極めて自然で、真実を吐露しているものと認められ、さらに被告人佐藤の引当り捜査の経過によると、同被告人は克明に現場の状況に即した指示をしており、これらの証拠に照らせば、右被告人三名が本件犯行に及んだ事実を優に認定することができる。
もつとも、原審証人高橋繁次は、受命裁判官に対し、原判示日時ごろ、原判示採掘現場付近において、ダイナマイトや電気雷管が窃取された事実はないと証言するが、同人は、昭和四五年四月九日検察官に対し、本件犯行の前日に、杉ダイナマイト一九本及び一・二メートルの脚線付き電気雷管五一個を受領し、同日2A採掘現場において、岩石二一個を小割りするために、杉ダイナマイト四本及び電気管雷二一個を使用したので、杉ダイナマイト約一五本及び電気雷管約三〇個が残り、これを道具小屋に収納したと思う旨供述していることが記録上明らかであるところ、同人の右証言によれば、同人が検察官に対してかかる供述をしたのは、当時、右道具小屋から電気雷管三〇個が盗まれた事実がある旨捜査官から聞いていたので、それに供述を合わせるため、右雷管の数から逆算して同日の作業量及び使用火薬数量を算出したものであつて、実際には、火薬類を全部使用して、残量はなかつた、というのである。
しかし、本件記録によれば、昭和四五年四月九日に検察官が高橋を取り調べた当時、捜査官側に判明していた事実は、被告人らが、右採掘現場の道具小屋から、ダイナマイト約一五本を窃取したという事実(被告人佐藤の捜査官に対する供述調書)だけであつて、電気雷管については、被告人らが窃取した事実すら明確でなく、まして当時捜査官側が、その数量についてまでも確実に把握していたという形跡は全く窺えないから、高橋が捜査官と口裏を合わせて、窃取された電気雷管の数量から逆算して、残火薬量を算出したということは極めて疑わしく、加えて、火薬類の取扱いについては、鉱山保安監督局の監督が厳しいため、取扱者において、管理の杜撰であつたことを一般的には容易に認めない傾向があるにもかかわらず、(原審証人広瀬哲彦の供述)、原審証人奏千尋は、検察官の「あの辺の小屋ではかなり火薬の取り扱いがずさんであるということはないのか。」との質問に対し、「そうですね、そうでもないとも言えないし。」と答えて、本件現場付近では、火薬類の管理が杜撰であつたことを暗に窺わせるような供述をしていること、厚木基地事件において、被告人らが基地内に遺留した杉ダイナマイト、電気雷管、アンコが、前記採掘現場で使用している物と同種であることなどに徴すれば、前記高橋証言はたやすく措信することができない。
したがって、原判決には所論の誤りはなく、論旨はいずれも排斥を免れない。
(2) つぎに、所論は、仮に被告人川島、同石井、同佐藤が右ダイナマイト、電気雷管を窃取したとしても、原判決挙示の証拠によつては、未だ原判決認定の被害事実を特定することができないから、原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法がある、というのである。
しかしながら、原判決の掲げる証拠によれば、前述したとおり、被告人らが杉ダイナマイト及び電気雷管を窃取した事実を認定することができるのであるから、原判決の認定した被害数量が、右証拠と若干の相違があつても、窃盗罪の成否には影響を及ぼさないところ、被告人川島は、杉ダイナマイト一七本か一九本、電気雷管五〇本入り一箱(もつともこれは正確に数量を数えたものではなく、推測にすぎない)を窃取したと述べ、被告人佐藤は、犯行直後、現場で被告人石井からダイナマイト一五、六本を盗んだと聞いたと述べているのであるから、原判決は右証拠の範囲内において、訴因のとおり、被害数量を杉ダイナマイト約一五本、電気雷管約三〇本と控え目に確実な数量を認定したものと解することができる(原審証人広瀬哲彦の供述)のであつて、原判決の認定と証拠との間には、何ら齟齬するところはないから、原判決には所論にいう誤りはなく、論旨はいずれも理由がない。
六 甲控訴趣意書第七及び乙控訴趣意書第六について
所論は、原判示横田基地事件及び厚木基地事件について、被告人らの間に、具体的犯行についての共謀が成立していないから、原判決には事実の誤認がある、というのである。
よつて検討するに、被告人石井、同佐藤は京浜労働者反戦団に、被告人中村は反戦学生戦闘団に、被告人川島はその上部組織たる日本共産党革命左派神奈川県委員会にそれぞれ所属し、反米愛国の行動の一環として、米軍基地等を攻撃目標とする暴力闘争を企図していたことは、先に認定したとおりであるが、原判決挙示の証拠によれば、
(1) 横田基地事件については、昭和四四年一〇月一六日、被告人四名及び柴野春彦、田代隆らが原判示龍安寺の境内に集合し、同所において、被告人川島及び柴野が主唱して、同年一〇月二一日の国際反戦デーに横田基地に侵入し、火えんびんを飛行機または格納庫に投擲するか、あるいは同基地内で石油を多量に燃やすことなど二、三の具体的な計画案を示し、その選択及び実施方法は、実行担当者に委ねることとし、被告人石井、同佐藤、同中村及び田代を実行担当者と定め、被告人石井がその指揮をとること、同基地に近い有泉健一方をアジトとして利用し、計画実行の準備を調えることなどを指示したこと、これを受けて、被告人石井ら実行担当者は、同日ごろから有泉方に泊つて周到な準備を調えたうえ、同年一〇月二一日原判示のとおり、同基地内に侵入して飛行機を炎上させ、実行担当者としての役割を果したことが認められる。
(2) さらに、厚木基地事件については、被告人川島は、被告人石井、同佐藤から横田基地事件の経過報告を受けて、同事件の総括を行い、同年一〇月二四、五日ごろ原判示南荘アパートB号室に被告人川島、同石井、同佐藤及び柴野が集合し、被告人川島が主唱して、横田基地事件では所期の効果を挙げることができなかつたので、同年一一月七日の佐藤首相訪米前に、ダイナマイトを使用して厚木基地を爆破し、混乱を惹き起こすことを計画したこと、その際、被告人川島が、犯行の日時は、警察の警戒が厳しくなる一一月六日以前とし、実行行為は被告人石井、同佐藤が担当することを決めるとともに、同基地の略図を示して、侵入経路、爆破個所なども具体的に指示したこと、その後右被告人らは、岡崎市立図書館で火薬類に関する文献を閲覧し、ダイナマイトの使用方法などを研究したうえ、前記河合石灰採掘現場においてダイナマイト等を窃取し、原判示のとおり、被告人石井、同佐藤が右基地内に侵入して、右ダイナマイトを使用しようとしたことが認められる。
以上の事実によれば、横田基地事件及び厚木基地事件ともに、被告人らが同一目的のもとに犯意を共通にし、綿密な謀議のうえ相互に役割を分担し、一体となつて行動したものと認めることができるから、被告人らの間に具体的犯行についての共謀が成立していたことは明らかである。
また、被告人佐藤の捜査官に対する供述調書の任意性については、原判決が説示するとおり、これを肯認することができ、またその供述内容も、具体的かつ自然で特段の矛盾もなく、他の関係証拠とも符合して十分措信するに足るものである。
したがつて、横田基地事件及び厚木基地事件について、被告人ら間の共謀の成立を認めた原判決は正当であり、論旨はいずれも採用することができない。
七 甲控訴趣意書第八及び乙控訴趣意書第七並びに被告人石井の控訴趣意について
所論は、要するに、被告人らの本件各犯行は、その目的の正当性及び結果の軽微という点からみて、正当行為ないしは超法規的に違法性を阻却すべき事由があるのに、この点を看過した原判決には、法令の解釈、適用を誤つた違法がある、というのである。
しかしながら、被告人らは、前述の如く、自己の信奉する主義、主張を絶対化し、その立場に偏執して、民主主義國家における政治理念を無視し、暴力をもつて自己の目的を達成しようと企図し、原判示のとおり、ダイナマイト、火炎びんなどを使用して米軍基地、アメリカ領事館を攻撃し、列車輸送を阻止しようとしたものであつて、その手段、方法は極めて過激かつ危険であり、その結果も決して軽微とはいえない。
したがつて、被告人らの行為は、政治活動として許さるべき限度を逸脱し、社会共同生活における法秩序を破壊するものであつて、健全な社会通念に照らし、到底容認しえないところであるから、被告人らの行為が正当行為と認められないことはいうまでもなく、また超法規的違法阻却事由に該当しないことも明らかである。
よつて、原判決には所論にいう誤りはなく、論旨はいずれも理由がない。
八 甲控訴趣意書第一について
所論は、原裁判所が、被告人川島を勾引すべき正当な理由がないのに、勾引状を発布して同被告人を勾引し、しかも同被告人及び弁護人が共に不在の法廷において、原判決を言い渡したものであるから、その訴訟手続には法令の違反がある、というのである。
よつて、記録を検討して按ずるに、同被告人に対する原審の審理は昭和五〇年一二月一六日をもつて終結し、判決の言渡期日は、被告人から健康上の理由で「気候が暖かくなつてからにしてほしい。」との申出があつたので、原裁判所もこれを考慮して、昭和五一年三月四日に期日を指定したが、同被告人は高血圧症を理由として同期日に出頭せず、さらに、三月二三日の言渡期日にも出頭しなかつたので、原裁判所は同被告人を分離し、被告人石井、同佐藤、同中村に対して原判決を言い渡したが、被告人川島は、その後も同年五月六日、六月七日、六月二九日、七月一九日と順次指定された判決言渡期日にも、その都度病気を理由として出頭しなかつたこと、よつて原裁判所は、同年八月一八日受命裁判官をして同被告人の病状調査を行わせたうえ、その回復期間を見込んで、言渡期日を同年一一月二日と指定したところ、同被告人はその前日になつて診断書を提出し、前同様高血圧症を理由に出頭しなかつたことが認められる。
ところで、同被告人は昭和五一年五月二九日以降、大垣市内の池田内科に本態性高血圧症の病名で入院していたが、入院当時高値二二一、低値一一一であつた血圧も、その後治療の結果順調に低下し、同年六月一〇日から八月一日までの間は、最高時の血圧で高価一七八(低値一〇七)、最低時は高値一五九(低値九五)とほぼ安定状態となつていたところ、医師池田善吉作成の同年一一月一日付裁判用診断書では、同被告人の同年一〇月二五日現在の血圧は、高値一七三(低値一〇九)で入院時に比し好転しているが、なお軽快まで三ヶ月を要し、現症では公判期日に出頭し防禦権を行使することは不可能であると診断されたのである。
しかし、受命裁判官の同医師に対する審問調書によると、同被告人の現症は、遺伝及び心因的要因による本態性のものであつて、多分に心理状態によつて左右されやすく、軽快の時期については予見困難であること、同医師が裁判所への出頭及び防禦不能と判定したのは、開業医としての立場から、医療過誤をおそれ、かつ信用保持のために、患者の安全を重視するという極めて慎重な診断態度によるものであることが認められるのであつて、必ずしも右判定と異る結論を排斥する趣旨のものではなく、現に医師山川政司は、同被告人を診断した結果、血圧が高値二〇二(低値一一〇)の状態のもとにおいても、同被告人が大垣市から横浜市まで電車で旅行することは可能であるという判定(同医師作成の同年五月四日付診断書。同医師に対する五月六日付電話聴取書)をくだしているのである。
その他記録にあらわれた関係医師の診断内容、保釈後の同被告人の行動、原審における公判審理の経過等を総合すれば、同被告人は池田内科へ入院以来六ヶ月を経過し、治療の結果症状は好転し、血圧もほぼ安定状態となつていたこと、結審時より約一年を経て、他の相被告人は既に判決の言い渡しを受け、同被告人も判決言渡に対する精神的準備をするについて、十分な猶予期間を与えられていたこと、原審における長期の公判審理中、同被告人は現症とほぼ同程度の血圧のもとにおいて激しい公判活動に支障なく耐えていたことなどが認められ、これらに徴すれば、同被告人が住居地大垣市から横浜地方裁判所まで出頭して判決の言い渡しを受けることは十分可能であり、これによつて同被告人の健康状態に著しい影響を及ぼすものではないとした原裁判所の判断が不当であるとは認め難い。
そして原裁判所は、以上の諸事情を慎重に考慮したうえ、これ以上同被告人に対する判決の言い渡しを延引することは相当でないと考え、従前の経緯にかんがみ、同被告人が昭和五一年一二月一四日に指定された言渡期日に任意出頭することは期待できず、正当な理由なく召喚に応じない虞れがあるものと認め(同被告人は同月一三日、弁護人を通じて、前同様病気を理由に言渡期日には出頭できない旨連絡して来たが、正規の診断書は提出していない。)、同月一〇日付で勾引状を発布したことが認められるのであつて、以上の経過にかんがみれば、原裁判所がとつた右措置はまことにやむをえないものというべく、未だもつてこれが違法であるとは認められない。
ところで、右勾引状の執行を受けた同被告人は、同年一二月一四日の判決言渡期日に、公判廷において「病気入院中の者をいきなり強制的に連行し、判決の言い渡しをしようとするやり方はむちやくちやだ。」と怒号して激しく抗議し、興奮のあまりその場に倒れたので、原裁判所は一時休廷して医師伊藤順通に診察させたところ、同医師の診断結果では、同被告人の血圧は高値一五〇(低値一〇〇)前後で興奮状態にあり、身体各所の苦痛を訴えるが、病的反射はなく、軽い風邪の症状がある程度で、判決の言い渡しは可能である、ということであつたので、約一時間の休廷後、再び開廷して判決を宣告しようとしたところ、弁護人三名は、同被告人の病状からみて、判決の言い渡しを強行することは不当である旨抗議し、裁判長の在廷命令に従わず、ほしいままに退廷し、また同被告人は、失神状態でもないのに、法廷内の長椅子に横臥したまま動こうとせず、同椅子に座るように命じた裁判長の訴訟指揮に従わなかつたので、裁判長は秩序維持のため同被告人に退廷を命じ、医師付き添いのうえ警備員にその執行をさせ、同被告人及び弁護人不在の法廷において、原判決の言い渡しを終えたのである。
以上の経過に照らすと、原裁判所の判決宣告手続は、刑訴法三四一条にもとづいて適法に行われたものであつて、その訴訟手続に法令違反があつたとは認められない。
所論は、当時、同被告人は失神状態にあつて裁判長の訴訟指揮に従うことができなかつたのであるから、同被告人に対する退命廷令は無効であるというが、検察官及び弁護人立会のもとになされた医師伊藤順通に対する原裁判所の審問調書によれば、同被告人の健康状態は、前述したところのほか、同医師が眼球の対光反応を調べるため眼を開けようとすると、自分で眼を閉じてしまい、無理に開けると黒眼を上の方につり上げるなど、故意に診察を拒否する態度を示したこと、腱反射は正常で、五分ないし一〇分程度であれば起立することも可能な状態であつたことが認められるので、これらの事実に徴すれば、当時、同被告人が失神状態にあつたとは到底認められない。(なお、当審において取り調べた横浜刑務所長吉田猛作成の昭和五一年一二月一五日付病状回答書によれば、被告人川島が昭和五一年一二月一四日出廷中に失神があつたとのことで同日午後二時ごろ右刑務所医務部に収容され、その時の診察では血圧一四二―一〇二、脈拍一二二、呼吸四八、頸部強直なく、瞳孔正同大、胸腹部に異常所見なく、意識は朦朧状態であるため輸液、鎮静剤を投与した旨の記載があるが、右の意識朦朧状態というのは原判決言い渡し当時の状態をいうものではないから、これをもつて前記認定を左右するに足りず、この点に関する同被告人の当審公判廷における供述も前掲各証拠に照らし信用しがたい。)
したがつて、原判決の訴訟手続には所論にいう違法はなく、論旨はいずれも採用することができない。
九 甲控訴趣意書第九及び乙控訴趣意書第八について
所論は、原判決の量刑が不当に重いというのであるが、本件各犯行は、原判決が量刑の事情として説示するとおり、反米愛国を旗印として社会改革を目指す被告人らが、その目的実現のための暴力闘争の一環として敢行した組織的、計画的な集団犯罪であり、ことに、人の生命、身体、及び財産に対し、高度の危険をもたらすおそれのある火災びん、ダイナマイトなどを犯行の手段として利用し、社会一般に多大の不安と動揺を与えた責任は極めて重いというべく、また、個別的事情として、被告人らの各犯行に対する関与の程度、回数、役割などを考慮すれば、各被告人に対する原判決の量刑も十分理解しうるところである。
しかし、他方、犯行が早期に発覚して、爆発物の爆発が未然に防止された結果、幸いにも人の生命、身体に対しては、何らの実害も発生しなかつたこと、被告人らはにいずれも前科のないことなど、各被告人に共通した有利な情状が認められるほか、原判決後における被告人らの個別的事情として、被告人川島は、両親が病弱なため、事実上一家の中心となつて家業の清掃業を手伝い、将来は家業を継いで両親を扶養すべき立場にあること、被告人石井は、社会保険労務士として労務管理事務所を経営している老齢な養父を援け、将来はその跡を継いで養親を扶養すべき立場にあり、現在結婚の話もあるが、本件のため具体化していない事情も窺われること、被告人佐藤は、長男として両親と同居し、早朝から午前中は弁当屋、午後は喫茶店と二ヶ所を掛持ちで働いて家計を扶けていること、被告人中村は、横浜国立大学の助手である妻と結婚して一子をもうけ、本件のため定職に就くことには制約があつて、現在は印刷所で校正のアルバイトをしながら、堅実な家庭生活を営んでいることなど、各被告人はいずれも社会人として真摯な生活を維持していることが認められ、これらの事情をしん酌すれば、各被告人に対する原判決の量刑は重すぎると考えられる。
この点で、論旨はいずれも理由がある。
よつて、刑訴法三九七条、三八一条により、被告人川島に対する原判決(横浜地方裁判所昭和四四年(わ)第一三六九号、昭和四五年(わ)第四三四号、昭和四六年(わ)第三九九号)及び被告人石井、同佐藤、同中村に対する原判決(同裁判所昭和四四年(わ)第一二六九号、同第一三六九号、昭和四五年(わ)第四三五号、同第六四九号、昭和四六年(わ)第三二九号、同第三九七号、同第三九八号、同第一一〇九号)をいずれも破棄し、同法四〇〇条但書に従い自判する。
右各原判決の認定した被告人らの罪となるべき事実に対する適条、刑種の選択、併合罪の処理については、各原判決の示す法条を適用し、被告人佐藤、同中村については刑法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をし、それぞれその刑期の範囲内で各被告人を主文のとおりの刑に処し、原審における未決勾留日数の算入につき同法二一条を、没収につき同法一九条一項一号、二号、二項を、被害者還付につき刑訴法三四七条一項を、原審における訴訟費用の負担につき、同法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新関雅夫 藤島利行 渡邊達夫)